遠く離れた地から次男は何日もかけて徒歩で田舎の家にたどり着きました。父は、そんな息子をいち早く見つけ、杖で転びそうになりながら次男に近付きました。そして、首を抱き泣きながら迎えてやりました。次男は、出て行ったときの面影もないほどに髪も髭も伸び放題にのび変わり果てていましたが、父にはそれが息子だとすぐに解ったのです。それから牧場で雇っている従業員を呼んで宴席を設けさせました。

 さて、農協の会議から兄が帰ってくると従業員が早々と仕事を切り上げて宴(うたげ)を繰り広げているではありませんか。

「これはいったい、どうしたことだ」

 
と尋ねると、行方しれずになっていた弟が7年ぶりに帰ってきたと言います。その上、父の命で宴が催されていると聞かされて兄は全くもって面白くありません。勝手に家を飛び出して散財した挙げ句、戻ってきて宴を開いてもらうとは何事かと、弟に対する妬み、父に対する怒りで体の震えが止まらなくなりました。宴の席に飛び込んで弟を殴りつけようかとも思いましたが、必死でその気持ちを抑えながら牧場の事務所でじっとしていました。

 父親は長男の帰りが遅いことを心配して従業員に尋ねました。すると、とっくに戻ってきて事務所にいると聞かされ、長男のもとにやってきました。
 長男は悔し涙にくしゃくしゃになりながら父親に不平不満をぶちまけました。

「このとおり、わたしは何年もお父さんの下で修行し牧場のために働いてきました。自分勝手をしたことは一度もありません。わたしは大学にもいかなかったし県外に出て仕送りしてもらうこともありませんでした。弟の散財で自分の結婚披露宴だって質素にしかできなかった。それなのに、次男がお父さんの身上(しんしょう)を食いつぶして帰って来たら、こんなに盛大な宴を設けてやるなんて。」

 すると、父親はこう言いました。

「長男よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったんだ。弟もさめざめと泣いて心から反省しているし、生まれ変わってここで下っ端から働くと言っている。どうだ、弟の悔い改めを一緒に喜んでやってはくれないだろうか。」
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