あるところに、代々小さな牧場を営む家がありました。その家には二人の息子があって、長男は農業高校を卒業するとすぐに父の下で酪農の修行を始めました。

 一つ年下の次男は小説家になりたいと東京の大学の国文学部に進学しました。親は、大学の学費年額150万円と生活費年額150万円、4年間で1,200万円を捻出しなければなりませんでした。
 やがて、次男は大学を卒業しましたが思った小説が書けず、


「東京に残って執筆活動をしたいから仕送りを続けて欲しい」

と言い始めました。父は

「兄が牧場を切り盛りして頑張っているのだから、戻ってきて牧場を手伝いながら家で小説を書けば良かろう」

 と説得しましたが、次男は「田舎じゃ小説は書けない」と父の言葉を聞こうとはしませんでした。

 次男は生活費はアルバイトでなんとかするかわりに、今後の小説出版の準備金として1,000万円を送って欲しいと言い始めました。準備金をもらえれば将来牧場の遺産相続権を放棄するというのです。父は、次男の本心が東京に残りたいことではなく田舎に帰ってくることを嫌がっているんだと、田舎に還すことを諦めました。そして、1,000万円を渡し、次男に勘当を言い渡したのでした。
 長男は勘当を言い渡したとはいえ、父の弟に対する甘さに腹立たしさを覚えていましたが、将来牧場のすべてを自分が相続する約束の故に、父が送金することを赦しました。

 1,000万円の執筆活動資金を手にした弟は、約束通りアルバイトをしながら夜毎机に向かって小説を書き、1年かかってようやく書き上げました。早速、書き下ろしの原稿を持って幾つかの出版社を巡りましたが、買ってくれる出版社は一社もありません。その上
「才能がない」と酷評を受け、やけになった次男は出版資金にとっておいたお金を崩して、連日のようにキャバレー通いを始め、酒に女に溺れる日々を送りました。時にはうだつの上がらない自分と同じ小説家志望の友人を誘い、キャバレー代をおごってやることも度々でした。
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