「五つのパンと二匹の魚」

 膝の上に落ちてきた黒人の赤ちゃんの死体に触れて、15年前にそう祈ったことを思い出すうち、美喜さんの心に神様が
「もし、お前が、たとえいっときでもこの子供の母とされたのなら、なぜ日本国中の、こうした子供たちの、母になってやれないのか」
と、語りかけておられるように思えたんだ。

 
美喜さん自身、母親として戦争で三番目の男の子を亡くしていたから、
「混血とはいえ、誰が望んでわが子を捨てる母親がいるだろうか」
「生まれてきた子供に、何の罪があるのだろう」

という思いで心の中が一杯になっていたんだ。そして、
美喜さんは決心した。大勢の人から献金を集め、当時としては大金の400万円で大磯にある岩崎家の家を買い戻して、混血児のためのエリザベス・サンダースホームという施設を作ったんだって。

 アメリカ兵と日本女性の間に生まれて捨てられた子ども達は、当時、日本人からもアメリカ人からも嫌われて、嫌がらせをされたり、いじめられたりして差別を受けていたんだ。
エリザベス・サンダースホームのある大磯は海の近くにあったんだけど、目の色、肌の色の違う子どもらがみんなと一緒に海に入ることを、大磯の人たちは極端に嫌ったらしいんだ。それで、美喜さんはこの子達にも海水浴を楽しませてやりたいと祈りながら、ようやく廉三さんの故郷の岩美町で受け入れてもらえたんだって。それが、浦富熊井浜なんだよ。だから浦富エリザベス・サンダースホームの第二のふるさとと呼ばれていて、美喜さんのお墓も廉三さんのお墓もこの岩美町にあるんだよ。

 戦争という人間の犯した過ちの中で失われた命も生まれ来た命も、すべてが神様に作られた命なんだ。そのすべての命を神様が愛しておられる。愛しておられるからこそ、人間のために独り子のイエス様を送って下さり、イエス様が人間の罪の身代わりとして十字架にかかって死ぬことを、神様もまた我慢して下さったんだ。
美喜さんも三番目の男の子を戦争でなくしたことで、親として苦しまれた神様の気持ちが痛いほど分かったんだろうね。だから、どんな命も大切にしたい、そう思ったと思うんだ。

イエス様が12の籠に溢れるパンくずで示されたように、神様は生まれた国や地域、肌の色や目の色、障害のあるなしに関係なく、すべての命を愛していてくださるってこと、ここにいる一人ひとりみんなのことを、心の中までぜーんぶ知っていて、愛しておられることを覚えて欲しいと願っておられるんだ。

 「行かせることはない。あなた方が彼らに食べる物を与えなさい。」ってイエス様に言われても、お弟子さんに「できなかった」ように、人の力だけでは美喜さんにも2,000人もの子に食べ物を与えることはできなかったと思います。